若桑みどり 『イメージを読む』 2006 ちくま学芸文庫 

 本書は、まったくの初心者向けに、つまらない美術史を面白く描いた本だ。主要な3つの方法論(様式論、図像学、図像解釈学)を用いて、絵画というメディアを読み解いていく。

 今、メディアといったが、我々が慣れ親しんでいる印象主義的画面、ただ見たままに描く画風が流行ったのは19世紀も後半である。
少なくとも18世紀以前の画家はただ思想を伝えるためだけに芸術をものしていた。だから、本著で採り上げられているミケランジェロ、レオナルド、デューラー、ジョルジョーネの誰を理解するにも、そのイメージにこめられている意味や思想を理解する必要がある。そして、いつの時代を採り上げようと、われわれはこの意味世界で、作者と作品と共に、芸術のコミュニケーションを繰り広げる。

 ちょうど本書で解説される4人が顔を出したので、様式的な位置づけを話そう。一般的に、古典期(ルネサンス)は15世紀に始まり、1520年、ラファエッロの死をもって終焉とする。ちょうどその一年前にレオナルドが死んでいる。ジョルジョーネもルネサンス真っ只中に生まれ、若くしてペストで亡くなっている。ミケランジェロルネサンスの最盛期を標した人物に違いはないが、彼は1564年まで生きている。この時期はマニエリスムとされ、1585年に終わる。次にくるのがバロックであり、太陽王ルイ14世が死んだ1715年を区切りとする。ちなみにルイ14世絶対王政の最盛期を築き、文芸ではフランス古典劇(ラシーヌ、コルネーユ、モリエール)の黄金時代を現出せしめるに至った。
 つまり、レオナルドはルネサンスを完成させ、自らの手で幕を引いたわけである。では、彼の遂行した時代精神の飛躍とは何だったのか。一口に言えば、それは事柄の本質を描き出そうとしたことである。遠近法による空間表現、妊婦その他の死体を解剖して得た解剖学的知識、光学の実験から確立したキアロスクーロ手法(色彩と輪郭線の排斥)、それらのリアリズムをマスターした上で、美と精神表現を付け加えた。簡明に言えば、ドラマを創った。これが、今なお観衆が彼の作品から感じ取る神秘性である。
 
 少しく長くなってきたので、 最後に、本書自体ではあまり言及されていないが、若桑さんはジェンダーと美術という視点を持っているようだ。興味をそそられたので、もう何冊か彼女の著書を読んでみようか。