深井晃子 『ファッションから名画を読む』 PHP研究所 2009

 ルイ14世逝去からはじまったロココの華麗で繊細なテイストは、絹織物によるものだった。しかし、マリー=アントワネットが王妃となった1775年ごろからひとびとの好みが大きく変わる。宮廷こそ形式的な服装様式が支配的ではあったが、古代ローマ遺跡ヘラクレネウムの発掘と連動し、装飾性を排した幾何学的形態の新古典主義の傾向が現れる。これに大きな影響を与えているのが、1760年代のイギリス産業革命とそれに伴う木綿産業の勃興である。簡素な風情の木綿は、1786年英仏商業条約によってフランスに大量に流入し、アングロマニー(イギリス崇拝)のなかで絹に取って代わる衣料となったのである。

 ダヴィッドの《レカミエ夫人》(1801年)をこんな風に観ることができるとは。服飾史の専門家である著者ならではである(であるではである)。
 しかし、このような鑑賞法が成立するということは逆に、絵画(画家)がそれだけ時代的な影響を蒙っているということでもある。それを想像力の貧困ないし限界などという必要はない。世に天才と呼ばれるような人たちのとっぴな想像力は、虚空から突然生まれ出でたのではなく、穴を穿つほどにためつすがめつした現実に根ざしているのだろう。脱領域的感覚を身に着けたいならば、地(知ではない)に足をつけるのが先決だろう。